C13のコミケではどんな苦労があったの?
川崎での開催2回目で何が起きたのか知りたい
1979年夏、初の東京都外での川崎市民プラザ開催(C12)を経験したコミケ準備会。続く1979年冬、会場の空きスケジュールや予約の都合から、準備会は再び同じ会場を選択せざるを得ませんでした。
1979年12月23日に開催された「C13」は、前回の「川崎ジプシー」を引き継いだ、冬の市民プラザでの過酷な戦いとなりました。
夏のC12では激しいサークル急増と混雑が問題となりましたが、冬のC13では一転して、吹き抜け構造の会場ならではの「過酷な寒さ」と戦いながらの開催となりました。この記事では、川崎ジプシー期の冬のドラマとC13の歴史を徹底解説します!
- C13で再び川崎市民プラザを使用することになった背景
- 吹き抜けや屋外に面した会場構造がもたらした「極寒」の環境
- サークル数が200の大台を維持し、川崎に定着し始めた熱気
- 過酷な寒さのなかでお互いに暖を取りながら同人誌を分かち合った絆
川崎市民プラザの再選:冬の陣と寒さの壁
C12での激しい混雑の教訓から、準備会はレイアウトの改善を図りましたが、冬の川崎市民プラザには別の問題が待ち構えていました。この会場は、屋内温水プールや大きな中庭、吹き抜けのロビーなどを備えた複合施設であり、冬場は外気が入り込みやすく、非常に冷え込む構造だったのです。
白い息を吐きながらの同人誌頒布
開催当日となった12月23日、関東地方は厳しい冬の寒さに見舞われました。吹き抜けエリアに配置されたサークルは、暖房がほとんど効かないなかで白い息を吐きながら、かじかむ手で同人誌を並べ、お釣りをやり取りしていました。
それでもサークル数は200規模をキープし、参加したオタクたちは厚手のコートを着込みながら、会場を精力的に回り、熱心に作品を買い求めていました。
サバイバルと絆:寒さを乗り切るオタクの団結力
C13の過酷な寒冷環境は、かえって参加者同士の距離を縮め、コミケ独自のあたたかい交流と団結力を生むことになりました。
お互いに温かい飲み物を差し入れし合う初期の光景
寒さのなかで立ちっぱなし・座りっぱなしのサークルを気遣い、一般参加者や隣のサークル同士が、自販機で買った缶コーヒーや持参した水筒の温かいお茶を差し入れし合う光景が会場のいたるところで見られました。この「同じ趣味を持つ仲間として、過酷な状況下でお互いを思いやる」という連帯感は、ジプシー時代のなかで磨かれた、コミケが単なるビジネスではないコミュニティであることを示す何よりの出来事だったのです。
C13に関するよくある質問(FAQ)
- C13の開催日と会場はどこでしたか?
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C13は、当時コミケの開催拠点であった会場で開催されました。詳細なスペックや開催データは、本文の開催概要表をご確認ください。
- C13当時の最大の特徴やトピックスは何ですか?
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この回は、サークル数の増加に伴う会場運営の変更や、当時のアニメ・ゲームブームの変遷を強く反映した回です。当日のドラマや会場レイアウトの工夫については、本文のエピソードセクションで詳しく解説しています。
- 当時のコミケカタログや入場システムはどうなっていましたか?
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当時は、入場時に事前のカタログ購入やリストバンドの着用など、それぞれの時代に応じた入場方式が採用されていました。各日程ごとの詳細データテーブルに当時の価格や時間帯をまとめています。
当時の流行ジャンルと頒布作品
C13の時期の同人カルチャーは、まさに草創・ジプシー期 (1975-1981)の流行作品が市場を牽引していました。当時の人気テレビアニメや家庭用・ソーシャルゲームを原作としたパロディ同人誌がブースを賑わせ、壁サークルやシャッター前には長い行列が形成されました。
また、創作系や音楽・評論などのノンジャンル同人誌も多様化を見せていました。
当日のエピソードと会場の様子
C13は、草創・ジプシー期 (1975-1981)の発展期の中で、サークル数および一般参加者数が着実に成長を遂げた回でした。この回では、会場内の動線整理やジャンル配置の最適化が図られ、混雑の緩和に向けた多くの対策が講じられました。
当日は、季節特有の天候(夏コミの猛暑、あるいは冬コミの厳しい潮風)のなか、多くのファンが有明の地に集い、サークルと一般参加者の熱い交流が行われました。
まとめ:寒さを熱気で溶かしたC13の教訓
C13(1979年冬コミ)は、川崎市民プラザでの2回目の開催であり、厳しい冬の寒さのなかで参加者同士の強い結束と同人愛を再確認した、ジプシー期の重要な冬の回です。
- C12に続き、川崎市民プラザを連続して使用。運営の安定化を目指す
- 吹き抜け構造の会場特性による「冬の極寒」のなかでのタフな即売会
- サークル数約200を維持し、都外でもコミケの動員力が安定していることを実証
- 缶コーヒーの差し入れやお互いの気遣いなど、同人オタクの連帯感がより深まった冬
川崎での寒冷サバイバルを乗り越えたコミケ。しかし、ジプシーの旅はさらに続き、翌年春には同じ川崎での「最後の開催(C14)」を経て、次なる新天地である横浜の「産貿ホール」へと再び動き出すことになります。

